書道の最近のブログ記事
投稿日時:2012年4月17日 15:13
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硯の逸品を探して!雄勝・キャラバン隊が行く!!
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さて今回は、
硯の逸品を探して!雄勝・キャラバン隊が行く!!
です。

日本最大の生産量と品質を誇る雄勝硯の逸品を
求めて4名のキャラバン隊が5時に阿見の本社を出発。
宮城県を目指し北上します。
しかし正直メンバーは言葉を失いました。
石巻を越えたあたりで風景は一変。
四方八方見渡す限りの廃墟。
普通に公道が被災地の真ん中を走っていて
これが走れど走れど延々と続くのです。
石巻を過ぎると山道を越えて
雄勝に入るのですが
その山道がまるでサーキットのカーブの様に
斜めにセリ上がり車は容赦なく揺れます。
木の合間から眼下に見える入江の漁村は
ことごとく消滅していました。
いよいよ雄勝に入って更に驚きました
石巻ではまだ倒壊した家やビルが残っていたのですが
雄勝では全く何もかもがなくなっていて
まるで更地。ここがかつて人が住んでいたかどうかさえ解らない状態。
メンバーの一人がつぶやく
「自分以外に誰もいないじゃないか・・・」。
一同仕事の話をするのが不謹慎に感じるほど言葉を失いました。
「我々の追い求める逸品は果たしてここのあるのだろうか?」
こんな中、仮設店舗で待ち合わせ、現地担当者のT氏と合流。
終始明るく気さくな物腰のT氏に一同安堵しました。
仮設の事務所に案内され色々事情を聞くことができました。
津波の被害は仮設事務所横の役場の3階にまで達し
T氏も命かながら逃れたということ。
やはり硯関連の工場、業者はことごとく被害に遭ってしまった
との事でした。
そういえば車から見えた鉄筋コンクリート製の硯会館は壊滅し
変わり果てた姿となり、硯のモニュメントだけが
むなしく立っていました。
しかし幸いにも被災地跡から奇跡的にも一部の硯が発見され
現在、その貴重な現品の回収、復旧に務めているとの事でした。
事務所奥の作業スペースではまさに手作業での
復旧が進められていました。
「ただし、復旧とはいえ、傷モノ、アウトレット品的な妥協は一切しません。
パーフェクトな物しかお売りしません。それが私のプライドです」
職人魂を貫くT氏に一同脱帽。
噂を聞きつけ全国から求めに来る人も後を絶たないそうです。
しかしこのままでは日本の至宝、雄勝硯が絶滅してしまうのか?
不安な気持ちと申し訳ない気持ちを抑えつつお伺いしたところ
大半の職人さんはご健在だという事。
今後の雄勝の復興を祈りつつ、現在大変貴重で、今後極めて入手困難に
なるだろうと思える雄勝硯の銘品を入手してまいりました。
また硯石を使ったトレイ、箸置き等、グッズも加え
近日中、現地買い付け特価にて販売いたします。
目利きのスタッフが現地におもむき買い付けた
まさに幻の逸品!!
是非ともこの機会に
ご入手ください!
AC-FAN 担当K報告
投稿日時:2012年1月 7日 14:58
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我が国自慢の伝統工芸品 国寿石大子硯
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国寿石大子硯(こくじゅせきだいごすずり)とは・・・・・
錚々たる現代書家たちが試墨し、 磨墨・発墨ともに優れていると評判の硯。
大子硯のふるさとは、大子町小久慈を流れ、久慈川に注ぐ「サイカチ沢」なのですが、
古くから硯石に最適とされる「黒色粘板岩」の産地として知られています。
第九代藩主・徳川斉昭も小久慈硯をこよなく愛し、この硯石が国にとって吉兆であることか
ら、小久慈の音訓をとって「国寿硯」と命名されたといいます。
その小久慈硯石を顕微鏡で見ると、表面は星空のようにキラキラと輝いています。
金を含んだ黄銅鉱のため、それが硯の命である鋒鋩(こうぼう)を作り出しているのです。
鋒鋩とは、墨をおろす硯石の目のことですが、おろし金のようにギザギザした鋒鋩が無数に
突起してあり、軽くこすっただけで墨のおりが良く、それでいて硯の岡は減ることはない。
また、その墨は、粘り気がなく、光沢があり、筆の走りが違うという。。。。。
光圀公、斉昭公も愛した日本名硯(めいけん)の一つに数えられる大子硯は、
質の良さで高い評価を得て、茨城県郷土工芸品に指定されたのをご存知でしょうか?
同じものは二つとない、とても貴重な硯です。 お見逃しなく!
投稿日時:2012年1月 7日 14:43
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我が国自慢の伝統工芸品 雄勝硯
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雄勝硯(おがつすずり)とは・・・・・
雄勝硯の歴史は大変古く、口伝によると約600年前の室町時代の頃と言われています。
江戸時代の初めには、牡鹿半島の遠島(とおじま)へ鹿狩りに来た伊達政宗に、
硯を二面を献上され、いたく称賛され、褒美を授かったことが伝えられています。
また伊達家の二代目忠宗もその巧みな技に感服して、硯師を伊達藩に召し抱え、硯材が
採れる山を「お止め山(お留山)」と称し、一般の採石を許さなかったとも言われています。
硯の命とも言える鋒鋩(ほうぼう)とは、墨をおろす硯石の目のことですが、
これが細かすぎると、いくら磨っても墨がおりず、つややかな墨色が出ないこととなりますが、
反対に、粗く、たくさんありすぎると、墨は早くおりますが、ドロリとしてしまいます。
「雄勝硯」の鋒鋩は、荒さ、細さ、堅さ、柔らかさが絶妙のバランスと評判!
硯工人の腕ひとつ 呼吸ひとつで 丹念に彫り上げられる硯・・・・・石肌の自然模様は、
見飽きることのない優雅さがあり、とても上品で美しい印象を与える逸品といえます。
そんなすばらしい硯をお手元に一つ。。。。。 いかがでしょうか??
















